息子の笑顔(S.F.さん 東京都在住)

不登校、自室引きこもりが続く息子が、下川先生と上島先生に出会って、初めて笑顔を見せるようになりました。

現在、九州の全寮制高校でスポーツに打ち込む息子は、中学の3年間、教育をサービス業としか考えない教師たちのたむろする都内某私立中学で先輩たちのいじめに遭い、クラスメイトに対しても常にいら立っているありさまでした。

そうは言っても、息子自身、将来に不安を感じたのか、学校には出席しないものの、学習塾をいくつか、渡り歩き、ようやくたどり着いたのがブルカン塾だったのです。

授業には出なくても、試験は好成績を得ることが出来て、心に余裕が出来たのでしょうか。
中学の終盤には、「自分の荒れた日常を更正するのは寄宿舎生活である」と考えるようになったようです。

お陰さまで受験をクリアして、高校生になり、今では元気に学業とクラブ活動に汗を流す、
健康な心身を取り戻すことが出来ました。

大学に合格して、上京を果たす息子の姿が待ち遠しい、今日この頃です。

中学生は、生活、学習、友人関係、興味関心など、予想以上の変化の兆しが見られる時期です。
確かな成長の一過程であることは心得ているつもりでしたが、そのことを理解するまでには、やはり毎日の生活から、時間をかけて感じ取ることしかありませんでした。

息子はテニス部の部活を通して、自分の可能性を探るために、あらゆる方法で挑戦し続け、夢の具体化のために、全神経を注ぎ込んでいました。
卒業文集に「俺はテニスをやるために中学校へ来た」と、堂々と書いているくらい、自分と友だちのために、精一杯楽しみ、喜び、時にはケンカもして多くのことを学んだようでした。

ともあれ、この時代に「テニス」という夢中になれることに出会えたことは、これからの長い人生の宝になることは間違いないと思いますが、一方勉強は、学習の習慣と、目的や学習方法が身についていなかったことから、後手に回ってしまいました。
「継続しない学びは定着しない」ことは頭では分かっていたようですが、どうしても受け身の態度であったために、自信をなくしたような時も見られました。
そんな時の親は、たいしたことはできないものです。
本人の努力と気力は理解しているつもりなので、気持ちを傷つけないように、大きな一歩でなくてもいいから、あきらめないで歩んでほしいと願うばかりでした。

そんなときのブルカンの先生方は、やみくもにただ成績にばかり目を向けさせるのではなく、悩みを聞いたり、基礎的な学習に立ち止まったりして、今の状況から脱却するための鍵をたくさん用意してくれました。
「青春講座」もその1つで、私も2回ほど参加させてもらいましたが、先輩や不登校の人の話、先生方の失敗談などが、まさにライブ感覚で笑いながら、楽しく参加できたことを昨日のように思い出します。
多くの人の生き方・考え方から将来の自分の進路を考えようとする姿勢を高く評価したいと思いました。

受験相談でも親身になって、何回も話を聞いていただいた結果、本人も自覚をもって、取り組むようになりました。
自習室(ブルカン道場)はいつも開放されているので、部活のない日や分からないことなどは、いつでも利用していました。
受験は一面では競争の象徴であるから、相手より有利な立場を築かなければなりません。しかし、ブルカンの3年間は男女の壁もなく、成績なども隠すことなく、お互いに言いたいことを言い合いながら、信頼の絆で結ばれていました。
もちろん真剣に取り組んだことは言うまでもありません。

「なぜそうなのか」と思い起こしてみると、家庭的な雰囲気に加え、分からないから勉強をする、だから分からないことがあっても当たり前、それをそのままにしておくことよりも、自分の頭で考えればきっと分かるようになるだろう、もし理解できなくても分かろうと努力したことが尊いことである、...等が、現代の子どもを取り巻く環境が変化しても基本的な姿勢は変えずに子どものために一貫して指導の指針として大事にされ、生かされていることに気づきました。これはブルカン創設の魂が脈々と受け継がれていることの証明でもありました。

これからは中学時代のように定期的に通うことはできませんが、学校が早く終わった日や部活の休みの日には「『ブルカン』に行くよ。分からないことは教えてもらうんだ」(すでに何回か利用させていただいています)と、これからも、以前と変わらない態度のまま、お世話になると思いますので、よろしくお願い致します。

ブルカンは、これからも「学びたい人、この指とまれ」と、多くの子供たちに心からのメッセージを送り続けることと思います。3年間(兄もお世話になりました)ありがとうございました。