けじめをつけよう

いよいよ夏休み!
勉強、遊び、部活と、大いにがんばろう!
そして、「けじめ」をつけることを忘れずに
「けじめ」をつけて勉強をしよう!

この夏、勉強するとこは大事だよ
勉強しないで大人になったら大変なことなっちゃうかも?

ブルカン塾の先生たちがそしてブルカン塾を卒業した先輩が
なぜ勉強が大事なのかお話ししようね

息子の笑顔(S.F.さん 東京都在住)

不登校、自室引きこもりが続く息子が、下川先生と上島先生に出会って、初めて笑顔を見せるようになりました。

現在、九州の全寮制高校でスポーツに打ち込む息子は、中学の3年間、教育をサービス業としか考えない教師たちのたむろする都内某私立中学で先輩たちのいじめに遭い、クラスメイトに対しても常にいら立っているありさまでした。

そうは言っても、息子自身、将来に不安を感じたのか、学校には出席しないものの、学習塾をいくつか、渡り歩き、ようやくたどり着いたのがブルカン塾だったのです。

授業には出なくても、試験は好成績を得ることが出来て、心に余裕が出来たのでしょうか。
中学の終盤には、「自分の荒れた日常を更正するのは寄宿舎生活である」と考えるようになったようです。

お陰さまで受験をクリアして、高校生になり、今では元気に学業とクラブ活動に汗を流す、
健康な心身を取り戻すことが出来ました。

大学に合格して、上京を果たす息子の姿が待ち遠しい、今日この頃です。

中学生は、生活、学習、友人関係、興味関心など、予想以上の変化の兆しが見られる時期です。
確かな成長の一過程であることは心得ているつもりでしたが、そのことを理解するまでには、やはり毎日の生活から、時間をかけて感じ取ることしかありませんでした。

息子はテニス部の部活を通して、自分の可能性を探るために、あらゆる方法で挑戦し続け、夢の具体化のために、全神経を注ぎ込んでいました。
卒業文集に「俺はテニスをやるために中学校へ来た」と、堂々と書いているくらい、自分と友だちのために、精一杯楽しみ、喜び、時にはケンカもして多くのことを学んだようでした。

ともあれ、この時代に「テニス」という夢中になれることに出会えたことは、これからの長い人生の宝になることは間違いないと思いますが、一方勉強は、学習の習慣と、目的や学習方法が身についていなかったことから、後手に回ってしまいました。
「継続しない学びは定着しない」ことは頭では分かっていたようですが、どうしても受け身の態度であったために、自信をなくしたような時も見られました。
そんな時の親は、たいしたことはできないものです。
本人の努力と気力は理解しているつもりなので、気持ちを傷つけないように、大きな一歩でなくてもいいから、あきらめないで歩んでほしいと願うばかりでした。

そんなときのブルカンの先生方は、やみくもにただ成績にばかり目を向けさせるのではなく、悩みを聞いたり、基礎的な学習に立ち止まったりして、今の状況から脱却するための鍵をたくさん用意してくれました。
「青春講座」もその1つで、私も2回ほど参加させてもらいましたが、先輩や不登校の人の話、先生方の失敗談などが、まさにライブ感覚で笑いながら、楽しく参加できたことを昨日のように思い出します。
多くの人の生き方・考え方から将来の自分の進路を考えようとする姿勢を高く評価したいと思いました。

受験相談でも親身になって、何回も話を聞いていただいた結果、本人も自覚をもって、取り組むようになりました。
自習室(ブルカン道場)はいつも開放されているので、部活のない日や分からないことなどは、いつでも利用していました。
受験は一面では競争の象徴であるから、相手より有利な立場を築かなければなりません。しかし、ブルカンの3年間は男女の壁もなく、成績なども隠すことなく、お互いに言いたいことを言い合いながら、信頼の絆で結ばれていました。
もちろん真剣に取り組んだことは言うまでもありません。

「なぜそうなのか」と思い起こしてみると、家庭的な雰囲気に加え、分からないから勉強をする、だから分からないことがあっても当たり前、それをそのままにしておくことよりも、自分の頭で考えればきっと分かるようになるだろう、もし理解できなくても分かろうと努力したことが尊いことである、...等が、現代の子どもを取り巻く環境が変化しても基本的な姿勢は変えずに子どものために一貫して指導の指針として大事にされ、生かされていることに気づきました。これはブルカン創設の魂が脈々と受け継がれていることの証明でもありました。

これからは中学時代のように定期的に通うことはできませんが、学校が早く終わった日や部活の休みの日には「『ブルカン』に行くよ。分からないことは教えてもらうんだ」(すでに何回か利用させていただいています)と、これからも、以前と変わらない態度のまま、お世話になると思いますので、よろしくお願い致します。

ブルカンは、これからも「学びたい人、この指とまれ」と、多くの子供たちに心からのメッセージを送り続けることと思います。3年間(兄もお世話になりました)ありがとうございました。
私がとても好きだった授業は、夕方、ブルカンのあるマンションの屋上に上がり、
今から詩を作れ、と下川先生。
大きくて真っ赤な夕日を皆で見てとても感動したのを覚えています。
あの時、塾生の気持ちは「きれいだ」という感動の気持ちひとつでした。
今感じるものを書いてみろ、何でもいいぞ~って
下川先生が大きな声で言っていたのを覚えています。

なによりも、ブルカン精神のおかげで一生懸命やることの大切さを学びました。
残念ながら目標としていた高校へは転校で行く事はできませんでしたが、
地方の高校へ行き、部活に明け暮れましたが、今思えば勉強もちゃんとしたいと
自然に思い、試験前は猛勉強しました。
部活を一所懸命やる→とても満足します。
勉強も一生懸命やる→部活だけじゃない自分と出会え、さらに満足します。
そしてさらに共にUPしていけます。

25年経った今でも私はブルカンの塾生の気持ちのままです。
昔も今も、私にとってブルカンは心であり、先生方は本当に尊敬できる方々で、
ブルカンでの出会いに感謝したいと思っています。
いつもブルカン、ありがとう!


約10年前かな、ブルカンに出会ったのは。
中学入学と同時に、僕の親が、僕の兄貴が二人ともブルカンにお世話になっていて、
とても『イイ塾』だからと、半ば強引に入塾させられた(笑)
でも、親の選択は間違いじゃなかった。
とても『イイ塾』だった!!

何がイイって!?
それは、他の習い事や予備校ってのは、ただ技術や高校、大学に進学するための
知識を教えてくれるだけで、ただそれだけ。
そんなものは別に一人でもできるもの。
でも、ブルカンは「じゃあどうして進学するのか!? ・・・ 今はわからないけど、
そのために努力すること、頑張れる力を備えることが大事なんだ!!」ということ、
また礼儀や、約束を守ること等、人間として生きていくための大切なことを、
下川塾長をはじめ、先生たちが熱意をもって教えてくれた。

これらのことは当たり前のようなことだけど、ちゃんと教えてくれる大人たちはいなかった。
今となっては、あの時に、常に兄貴二人と比べられてひねくれていた僕を、
本気で叱ってくれたことが懐かしい思い出である。

そしてブルカンで3年間頑張って、どうしても入りたかった高校に入学。
サッカー部に所属して、毎日厳しい練習が3年間続いた。
高校を卒業して、浪人することになって、ただ勉強するだけのとても苦しい1年間もあった。
でも、ブルカンで身に付けた『頑張る気持ち』があったから耐えられた。
そして、試合に出て勝ったとき、また志望校に合格したとき、大きな喜びを味わえた!!

きっと、『頑張る』ってことは、この一つ一つの喜びを味わうためにあるのかな!?
あの時、ブルカンで教わったことを噛みしめたものである。
今、僕はまたブルカンに戻ってきた。
どうしても自分の経験をブルカンの後輩たちに伝えたくて、
今ではブルカンで講師をしている。
少しでも、今の子供たちにも『頑張って良かった』と思ってもらえるように、
熱く教えていきたい。
もう25年も前になります。
私が小学校5年生の時、塾に行きたいと自分から思いました。
ご近所の方から「評判がいい塾があるわよ」と母が聞いてきて、
さっそくブルカンの門をたたきました。
まず、下川先生との面接があるとのこと。
塾なのに変わってるね、と母と話しながらブルカンへ行きました。

小さな部屋のちょっと暗い部屋だったけれど登場した下川先生は今と変わらず
とても明るく大きな声でした!
その先生の雰囲気に圧倒されながらも、すごいやさしさを感じたものでした。

未だに母と時々入塾面接の話になります。
「本当にやる気があるのか?
本当に自分が勉強したいと思うならブルカンに通えばいい。
そうじゃないなら来なくていい。
親が一生懸命働いたお金で来るんだから」
この下川先生の言葉には母はとても感動していたそうです。
もちろん、私は自分から母に頼んで塾に行きたい!って思ったから
その話を一生懸命下川先生に伝え、無事入塾許可がおりました。

私の人生のベースになったのは下川先生はじめブルカンでの経験です。
これは私の誇りです。
人を大事にすること、素直でいること、
一生懸命やることの大切さ・・・
教室はそんなブルカン精神のとりこになった子供がだんだん増えていき、明るくやる気に満ちた雰囲気だったのを覚えています。